出版社内容情報
腐敗し動作が緩慢なゾンビから敏捷で理性あるゾンビへ??。ジャンル横断的に増殖し続けるゾンビたち。その深層を剔抉する力作評論!
藤田 直哉[フジタ ナオヤ]
内容説明
ゾンビ、世界が液状化するトランプ時代の予兆にして、人類解放の徴。その可能性の中心を説く、まったく新しいゾンビ論の誕生!
目次
1 政治・社会(二一世紀初頭の時代精神―ゾンビ・フォーマットとは何か?;リキッド・モダニティ時代の恐怖―流体としてのゾンビとは何か?;ゾンビ共存物語―“ゾンビ・フォーマット”への抗い)
2 科学・技術(メディア・テクノロジーとゾンビ;脳科学化した生権力―意思なく管理される存在として;計算機とゾンビ―揺らぐ“人間”概念)
3 身体・生死(ポスト情報化時代の身体とは?;デフォルメ・ゾンビとアイデンティティ;美少女ゾンビ、その可能性の中心)
著者等紹介
藤田直哉[フジタナオヤ]
1983年生まれ。SF・文芸評論家。東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
eirianda
16
自分の二十代の頃のオタクと今のオタクは違う。ネットで広がる感覚が違う。色んなメディアを通して感じるものは、現実に体験したものとは違う、という認識だったけど、確かに脳内では現実体験と同様な発火があり神経伝達物質があると思うと、フィクションも相当重要な役割を担っているのだなぁ。ゾンビも美少女ゾンビも、世の中の不安定感、不安や恐怖や怒りなどを内的に解消するツールとして掘り下げることができるのだ。流動化とか、ドゥルーズとここでも繋がった。私たちはギリギリ変化に耐えているけど、この後どんな世界が待っているのか。2017/06/05
サイバーパンツ
16
政治思想、メディア論、脳科学、キャラクター論etc…様々な領域からゾンビは考えることができ、それらは各領域において対立する二つの立場に配置されている。あらゆる悪感情の受け皿となるエネミー的ゾンビも人間との共存を図ろうとする美少女ゾンビも、立場こそ真逆であれ共に「過剰流動性」に満ちたこの世界での「流動」に耐えるための生存戦略。両義的で曖昧な、可能性と不可能性を孕んだ存在であるゾンビこそ、世界に蔓延する二項対立を超越しうる希望であると著者は述べる。論としては荒削りな部分が多いが、新しい刺激に満ちた好著だと思う2017/06/01
梟をめぐる読書
12
二十一世紀型の「美少女ゾンビ」をその可能性の中心に据えた、待望のゾンビ論アップデート。個人的に『ゾンビ論』のレビューに「論のアップデートには新作を貪欲に取り込み、積極的に評価することも不可欠」と書いたばかりだったので、同じ問題意識を作者と共有できたのは嬉しいかぎり。経済的弱者を振るい落とす新自由主義の浸透やネットの「キャラ」的なコミュニケーションが過剰流動性を生み、それは「ゾンビ」という表象に投影される。評論としては、多少の粗削りさもある。見通しの甘さもある。だが筆者はこの試みを強く買いたい。なぜなら。2017/04/05
白義
9
ゾンビというイコンには現代社会の困難さが表象されている。その困難さとは、社会の流動性が増して、今まであった境界線が崩れていくことに対する他者への恐怖の投影であり、またゾンビものによくある壁の中の街でのサバイバルというのも自己のアイデンティティを確立しようとする決断の反映でもある。というのはゾンビの政治的読解としてはベターなところだろうが、本書では脳科学や心理学の知見も援用し、現在は人間の身体や意識すら断片化、多層化して統一した像を結べなくなっている、と周辺の外堀を荒くでも埋めようとしているのは熱意を感じる2017/09/17
長岡紅蓮
3
ゾンビのあり方は時代に伴って大きく変化している。まず、ゾンビの種類は、ブードゥー・ゾンビにはじまり、近代ゾンビ、二一世紀ゾンビ、美少女ゾンビまで存在している。僕たちの生きる環境に合わせてゾンビの描かれ方が変わっているというのはとても面白く感じました。ゾンビ・コンテンツの歴史については『ゾンビ学』と一緒にお楽しみください(笑)!2018/06/13