新編 太陽の鉛筆

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  • サイズ B5変判/高さ 26cm
  • 商品コード 9784865410426
  • NDC分類 748
  • Cコード C0072

出版社内容情報

戦後日本を代表する写真家 東松照明の最高傑作、40年を経て新たに蘇る。

 東松照明は1969年に沖縄と出会って以来、1970年代前半はほぼ沖縄を中心に活動し、その成果として1975年に『太陽の鉛筆』(毎日新聞社)が刊行されました。東松が沖縄へ渡った契機の一つは、代表作「占領」シリーズの延長上に沖縄の基地の実態を撮影することにありましたが、『太陽の鉛筆』はある意味で脱占領宣言であり、脱アメリカや脱日本であり、最終的には脱国家の思考実践だったといえます。 そこには国境や領土や所有といった概念を拒もうとする精神の営みが波打ち、島々を分断させず、やがてその視線は日本という枠を超えて東南アジアへと展開しました。歴史や土地の制約からの自由を求める人間の脱領土的で群島的な想像力がイメージとして結実した『太陽の鉛筆』は、東松照明の代表作として屹立しています。
 『太陽の鉛筆』の沖縄編には宮古島での7カ月の生活を綴った6つのエッセイと、宮古島や周辺の島々を撮影した150点の写真が収められています。 また東南アジア編は台湾の基隆や淡水、霧社や墾丁、フィリピンのミンダナオ島のサンボアンガ、マニラ、インドネシアのジャワ島のジャカルタ、ソロ、バリ島、マレーシアのマラッカ、タンピン、ベトナムのサイゴン、タイのランバン、チェンマイ、アユタヤ、シンガポールなど7ヶ国17地域にわたる島々が撮影され、さらに東南アジアと地続きであるかのような沖縄の渡嘉敷、那覇、普天間、コザも含めた80点の写真で構成されています。 東松はその島々の配置によって、沖縄や八重山での生活で直感した南からの流れやその系譜の向こう側へ旅しようとしたのでしょうか。
 
 この度刊行する『新編 太陽の鉛筆』は、『太陽の鉛筆 1975』と『太陽の鉛筆 2015』の二冊組となります。『太陽の鉛筆 1975』は、既に絶版となって久しい、初版『太陽の鉛筆』を基本的な構成や順序は変えずに新たな装いで書籍化したものです。一方、『太陽の鉛筆 2015』は、基本的に『太陽の鉛筆』以後の既発表・未発表の作品のなかから103点の写真を選び、『太陽の鉛筆』に込められた南方への眼差しを引き継ぐ新たな編集意図によって配列し、二人の編者による論考を付したものです。 東松が晩年に「亜熱帯」というタイトルで構想していた熱帯植物のシリーズや、五度にわたるバリ島への旅など、移動と再-棲息化への鮮烈なヴィジョンに貫かれています。  
 写真については(ネガフィルムの未発見または劣化による10枚を除いて)原ネガをスキャンしたデータを調整し作成されたデジタル・プリントを原版として使用し、その陰翳と質感を晩年の東松照明の意図に沿うように刷新しました。
 『新編 太陽の鉛筆』は、『1975』と『2015』の2分冊により、歴史化された作品のもつ、写真と思想の可能性を現在に呼び出す批評的な試みであり、未来への大きな問いかけを孕んで蘇るものとなっています。

太陽の鉛筆 1975 257 × 227 mm|280 頁|写真228点収録
太陽の鉛筆 2015 257 × 227 mm|152 頁|写真103点収録
編著:伊藤俊治、今福龍太
アートディレクション : 近藤一弥

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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

法水

3
1975年に発表した作品を新たな装いで復活させた『太陽の鉛筆1975』と、それ以降に撮影された作品を集めた『太陽の鉛筆2015』からなる写真集。東松さんの写真は1枚1枚に物語があり、それ自体が一篇の詩でもある。戦後、「占領」をテーマとしてきた東松さんが沖縄に移住したのは基地問題もあるが、この写真集には一切アメリカを感じさせるものはない。昔ながらの生活、祭事、伝統といったものが息づいている。それは東南アジア編にも共通して言えることで、国家あるいは人種や民族といったような枠組を超えたスケールの大きさを感じた。2016/02/24

Hiroki Nishizumi

2
あぁこの頃にタイムスリップ出来たら、出来たらどれほど幸せだろうか、だろうか2022/05/02

tkgdgbd

1
戦後をかたち作ったアメリカニゼーション、アメリカによる占領にこだわり、必然的に東松は沖縄にたどり着く。 しかし、そこで出会ったのは、日本で最もアメリカを感じさせない沖縄の独自性・強靭性だった。 ここに写し出されているのは「これからは好きなものしか撮らぬ」と宣言した東松の意思である。レトリックは消え、シンプルになった。2019/02/04

Hiroki Nishizumi

1
また南に島に行きたくなる。もうこの写真集のような日々が無いことは分かっているんだが、それでも・・・・2017/03/18

ぷー

0
戦後史を語るに避けては通れないアメリカニゼーション。「沖縄の中に基地がある」のではなく、「基地の中に沖縄がある」と言えるほどにアメリカ文化を色濃く島内に持ち込まれているはずなのに、混じりけの無い「沖縄らしさ」を決して消すことなく残し続けてきている。それを見てきた著者の見てきたこと、考えたことが強く反映されている写真集。所々に掲載されている文章がとてもアツい。2021/03/23

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