クリスパーCas9の発見の歴史を通して、その仕組みがわかりやすく説明されていますので、備忘録を兼ねて以下に簡単にまとめてみました。
クリスパーとは、細菌のDNA中に認められる「規則的な間隔を置いた短い回文の繰り返し」のことで、「リピート・スペーサー1・リピート・スペーサー2・リピート・スペーサー3・リピート・スペーサー4・・・」のような配列です。
この配列は最初大阪大学のグループが大腸菌のDNAから発見したのですが、発見当時その意義はわからなかったそうです。
その後、デンマークの食品メーカー「ダニスコ」が、サーモフィルス菌とバクテリオファージ(サーモフィルス菌に感染するウイルス)を試験管内で混合したところ、生き残ったサーモフィルス菌のクリスパーに新たなスペーサーが追加されていることがわかりました。そして、そのスペーサーの塩基配列がこのバクテリオファージのゲノムの一部と完全に一致したのです。つまり、クリスパーは適応免疫に関連する塩基配列で、過去に自分を殺そうとした悪者(バクテリオファージ)の顔写真(塩基配列)を集めた「お尋ね者リスト」であるということがわかったのです。
これらの知見をもとに、クリスパーの動作原理を解明し、遺伝子編集に応用したのが、ダウドナ博士とシャルパンティエ博士でした。細菌がファージに攻撃されたとき、過去に同じファージに攻撃されたことがあれば、そのファージDNA由来のスペーサーを鋳型に、ガイドRNAが産生され、それがCas9という核酸分解酵素と結合して複合体を形成します。この複合体が、ガイドRNAの案内で敵のウイルスを見つけ、標的とする塩基配列に結合し、Cas9がその部分でDNAを切断します。ダウドナ博士とシャルパンティエ博士は、この機構を応用し、改変したいDNA配列と、クリスパーシステム(ガイドRNA+Cas9タンパク質)、導入したいDNA断片を試験管内に入れておくだけで、あらゆる動植物のDNAを改変できることに気づきました。この技術は今までの遺伝子組換え技術と比べて、別次元に精度が高く、汎用性が高く、しかも簡単であるという理由で大きな注目を集めているのです。
ダウドナ・シャルパンティエ両博士はガイドRNAとCas9「タンパク質」を直接試験管に入れましたが、ブロード研究所のジャーン博士はガイドRNAとCas9「遺伝子」をプラスミドに組み込み、それを細胞内に注入するという手法を開発し、両陣営の間で特許争いが行われています。
また、クリスパーCas9などによるゲノム編集食品と、従来の品種改良(交雑、放射線育種、遺伝子組換えなど)との違いもわかりやすく説明されています。結果的に標的DNAが切断されるという点ではどれも同じなのに、交雑や放射線育種は広く受容されていて、GMOは消費者の強い反発を受けています。消費者がいかに感情的に物事を判断しているかを示す好例だと思います。賛成するか反対するかは個人の自由ですが、こうした本を読んで原理を理解した上で自分の意見を持って欲しいと思います。
自然科学への造詣が深く、かつ説明が上手という、稀有な作家さんだと思います。
著者の別の本もぜひ読んでみたくなりました。
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ゲノム編集からはじまる新世界 超先端バイオ技術がヒトとビジネスを変える 単行本 – 2018/3/20
小林雅一
(著)
バイオ業界で「史上空前の技術革命」と見られているゲノム編集。
特に最新鋭のゲノム編集技術である「クリスパー」は「DNAのメス」とも呼ばれ、
狙った遺伝子をピンポイントで改変・修正することができる。
現在、この技術を使って、
「肉量を大幅に増やした家畜や魚」「腐りにくい野菜」「二日酔いしないお酒」
といった食料分野の研究開発や、
医療分野ではエイズや筋ジストロフィーなど難病の治療研究、
不妊治療や出生前診断といった生殖医療の基礎研究、
各種のがんを治療する免疫療法の臨床研究、
患者の体内でDNAを手術する研究などが急速に進んでいる。
この分野にはグーグルやアマゾンなどIT業界も注目し、
AIやクラウド技術を使って、「長寿」や「高精度医療」のビジネスに参入する。
これら巨大なプラス効果の一方で、
ゲノム編集を使って地球環境を変えてしまう恐れのある「遺伝子ドライブ」、
子供でも動植物や微生物のDNAを操作できる「バイオ・ハッキング」など、
極めて危うい側面も指摘されている。
これから、ますます注目されるゲノム編集技術。
その最先端の動向と具体的な事例、
世界の大学や産業界の取り組みを紹介していく。
――目次――
【第1章】 ゲノム編集クリスパーとは何か
●従来の高度技術とは別格
●人間の本質に関わる技術
●過去の遺伝子技術と何が違うのか br> 1高い操作精度/2汎用性/3技術の使い易さ
●バイオ・ハッキングとは何か
●ゲノム編集はどこまで実用化されているのか
●「身体を手術する時代」から「DNAを手術する時代」へ
【第2章】 クリスパーを発明したのは誰なのか?
──ゲノム編集の基本特許を巡る争い
●泥沼化するクリスパーの特許訴訟
●発端は大阪大学の研究成果
●食品メーカー科学者の貢献
●二人の女性科学者の出会い
●分子生物学の基礎──遺伝子とは何か
●遺伝子からタンパク質が作られる過程とは
●遺伝的な特質はタンパク質によって形成される
●共同研究の始まり
●クリスパーの動作原理を解明
●ゲノム編集クリスパーの誕生
●生きた動植物への応用へ
●特許干渉とは何か
●なりふり構わぬ戦い方
●両者の技術はどこが違うのか
【第3章】 ゲノム編集は私達の「食」をどう変えるか
―― GMOの過ちを繰り返さないためには
●人類による品種改良の歴史
●放射線育種は何故、消費者の反発を免れたのか br> ●GMOとは何か
●GMOは何故、消費者から敬遠されたのか
●GM0はどのように規制されているか
●日本のGMO受け入れ態勢
●欧州と米国の勢力争いを反映
●なぜゲノム編集食品はGMOではないのか
●クリスパーに傾くバイオ企業
●商業化する科学への批判
●ゲノム編集食品の商品化が始まる
●各国で割れる、ゲノム編集食品への規制方針
●消費者不在の研究開発
●食料増産は先進国の消費者には響かない
●ゲノム編集がGMOより有利な点とは
●GMOと同じ過ちを繰り返さないためには
【第4章】 ゲノム編集はこれからの医療をどう変えるか
――「遺伝子格差」社会への警鐘
●エイズ治療で注目を浴びる
●危篤の白血病患者を救う
●免疫療法に導入されるクリスパー
●病気の原因遺伝子を解明することが前提
●体内でのゲノム編集は難しい
●間近に迫った臨床研究
●常に、一歩先を行くサンガモ
●生まれる前に病気を治す
●ゲノム編集の課題
●倫理面の議論が巻き起こる
●猿のゲノム編集が持つ意味
●「ヒト受精卵のゲノム編集」が持つ意味
●デザイナー・ベビーへと至るシナリオ
●科学の暴走にブレーキ
●ヒト受精卵のゲノム編集に成功
●遺伝子変異を修正することへの異論も
●病気と遺伝子の関係はどこまで解明されたか
●複雑な病気の原因解明は道半ば
●高精度医療の実態
●ITと生命科学の間に横たわる深い谷
●「遺伝子格差」社会への警鐘
特に最新鋭のゲノム編集技術である「クリスパー」は「DNAのメス」とも呼ばれ、
狙った遺伝子をピンポイントで改変・修正することができる。
現在、この技術を使って、
「肉量を大幅に増やした家畜や魚」「腐りにくい野菜」「二日酔いしないお酒」
といった食料分野の研究開発や、
医療分野ではエイズや筋ジストロフィーなど難病の治療研究、
不妊治療や出生前診断といった生殖医療の基礎研究、
各種のがんを治療する免疫療法の臨床研究、
患者の体内でDNAを手術する研究などが急速に進んでいる。
この分野にはグーグルやアマゾンなどIT業界も注目し、
AIやクラウド技術を使って、「長寿」や「高精度医療」のビジネスに参入する。
これら巨大なプラス効果の一方で、
ゲノム編集を使って地球環境を変えてしまう恐れのある「遺伝子ドライブ」、
子供でも動植物や微生物のDNAを操作できる「バイオ・ハッキング」など、
極めて危うい側面も指摘されている。
これから、ますます注目されるゲノム編集技術。
その最先端の動向と具体的な事例、
世界の大学や産業界の取り組みを紹介していく。
――目次――
【第1章】 ゲノム編集クリスパーとは何か
●従来の高度技術とは別格
●人間の本質に関わる技術
●過去の遺伝子技術と何が違うのか br> 1高い操作精度/2汎用性/3技術の使い易さ
●バイオ・ハッキングとは何か
●ゲノム編集はどこまで実用化されているのか
●「身体を手術する時代」から「DNAを手術する時代」へ
【第2章】 クリスパーを発明したのは誰なのか?
──ゲノム編集の基本特許を巡る争い
●泥沼化するクリスパーの特許訴訟
●発端は大阪大学の研究成果
●食品メーカー科学者の貢献
●二人の女性科学者の出会い
●分子生物学の基礎──遺伝子とは何か
●遺伝子からタンパク質が作られる過程とは
●遺伝的な特質はタンパク質によって形成される
●共同研究の始まり
●クリスパーの動作原理を解明
●ゲノム編集クリスパーの誕生
●生きた動植物への応用へ
●特許干渉とは何か
●なりふり構わぬ戦い方
●両者の技術はどこが違うのか
【第3章】 ゲノム編集は私達の「食」をどう変えるか
―― GMOの過ちを繰り返さないためには
●人類による品種改良の歴史
●放射線育種は何故、消費者の反発を免れたのか br> ●GMOとは何か
●GMOは何故、消費者から敬遠されたのか
●GM0はどのように規制されているか
●日本のGMO受け入れ態勢
●欧州と米国の勢力争いを反映
●なぜゲノム編集食品はGMOではないのか
●クリスパーに傾くバイオ企業
●商業化する科学への批判
●ゲノム編集食品の商品化が始まる
●各国で割れる、ゲノム編集食品への規制方針
●消費者不在の研究開発
●食料増産は先進国の消費者には響かない
●ゲノム編集がGMOより有利な点とは
●GMOと同じ過ちを繰り返さないためには
【第4章】 ゲノム編集はこれからの医療をどう変えるか
――「遺伝子格差」社会への警鐘
●エイズ治療で注目を浴びる
●危篤の白血病患者を救う
●免疫療法に導入されるクリスパー
●病気の原因遺伝子を解明することが前提
●体内でのゲノム編集は難しい
●間近に迫った臨床研究
●常に、一歩先を行くサンガモ
●生まれる前に病気を治す
●ゲノム編集の課題
●倫理面の議論が巻き起こる
●猿のゲノム編集が持つ意味
●「ヒト受精卵のゲノム編集」が持つ意味
●デザイナー・ベビーへと至るシナリオ
●科学の暴走にブレーキ
●ヒト受精卵のゲノム編集に成功
●遺伝子変異を修正することへの異論も
●病気と遺伝子の関係はどこまで解明されたか
●複雑な病気の原因解明は道半ば
●高精度医療の実態
●ITと生命科学の間に横たわる深い谷
●「遺伝子格差」社会への警鐘
- 本の長さ224ページ
- 言語日本語
- 出版社朝日新聞出版
- 発売日2018/3/20
- 寸法18.8 x 12.8 x 1.7 cm
- ISBN-104023316881
- ISBN-13978-4023316881
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登録情報
- 出版社 : 朝日新聞出版 (2018/3/20)
- 発売日 : 2018/3/20
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 224ページ
- ISBN-10 : 4023316881
- ISBN-13 : 978-4023316881
- 寸法 : 18.8 x 12.8 x 1.7 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 195,355位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について
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1963年、群馬県生まれ。
作家・ジャーナリスト、KDDI総合研究所リサーチフェロー、情報セキュリティ大学院大学客員准教授。
東京大学理学部物理学科卒業。同大学院理学系研究科・修士課程を修了後、東芝、日経BPなどを経てボストン大学に留学、マスコミュニケーションの修士号を取得。ニューヨークで新聞社勤務、帰国後、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所などで教鞭をとった後、現職。写真@IFIT
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2020年11月4日に日本でレビュー済み
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2018年9月10日に日本でレビュー済み
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とても分かりやすい文章でした。できればもっと図やイラストが欲しかったですが★4つです。
2019年12月28日に日本でレビュー済み
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え、ジャガイモもゴボウも!!え、そんな確率なんだ!!これ読んだら得した気分になる本です。
2022年6月7日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
いいです。
読むべきです。
まだ、途中ですが、遺伝子組み換えの考え方が間違っていました。
内容のようになると、癌も糖尿病も治る病になります。
まだ、時間が必要ですけど。
読むべきです。
まだ、途中ですが、遺伝子組み換えの考え方が間違っていました。
内容のようになると、癌も糖尿病も治る病になります。
まだ、時間が必要ですけど。
2018年7月4日に日本でレビュー済み
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遺伝子組み換えについて、最新技術について要領よくまとめられている。
2018年10月18日に日本でレビュー済み
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ゲノム編集はもとより遺伝子組み換え技術をわかりやすく解説している。その上で、医療、食品への応用の可能性と問題点を公平に書いている。ゲノム編集についていろいろ語リたい方々に勧めたい一冊。
2018年7月6日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
これ以前にいくつかのゲノム編集について読んでいるが、ゲノム編集の危機感、将来像はどれを見ても同じような書き方である。一部、アメリカにいて最新の情報を掴んだ人もいるが、これもゲノム編集の今後についてどう考えるかの道しるべの1つになるもののような気がする。2011年にクリスパー・キャス9が世の中に御目見して以来、今は世界各国の主だった会社が、特許権を争っている最中なのに実用化を目指して使い始めている。まさに、これまでSFの世界だったような事が現実の世界になろうとしている。微生物から人に至るまで、あらゆる生物で成功例が出てきている。ただ、確率的にまだ100%とはいかないようで、人への応用はもう少し先かな?と思える状況になってきた。善悪説で善に使われれば、問題ないが、悪に使われると過去の悪い例、例えば原子爆弾のような世界を想像してしまう。いくら規制を引いても発想がある限り、悪はつきものだと思う。科学者は、善人とは限らない。
2018年4月3日に日本でレビュー済み
比較的近々の情報が盛り込まれており大変参考になった。特に食糧関連の3章、医療関連の4章は混沌とする状況を簡潔にまとめられていて関心した。