ルイ14世については、高校の世界史の教科書レヴェルのことと、その出生にまつわる鉄仮面のことぐらいしか知らなかったが、『太陽王ルイ14世――ヴェルサイユの発明者』(鹿島茂著、KADOKAWA)によって多くのことを学ぶことができた。
著者・鹿島茂のルイ14世という人物の全体像の捉え方が、実に的確で見事なのだ。「『ルイ14世における中央集権化の問題』というものこそまさにヴェルサイユの造営の動機と強く結び付いていると理解するに至ったのです。中央集権化とヴェルサイユの『発明』はルイ14世の二つの業績であるどころか、一つだけの関心事の二つの現実化にほかならないということになるのです」。
私の関心事である鉄仮面については、残念ながら、あっさりした記述に止まっています。「真相は闇の中ですが、いずれにしても、23年に間に数えるほどしか性交渉のなかった(国王)夫婦にまるで『神』の思し召しであるかのように子供(ルイ14世)ができたことが、人々の想像力を刺激して、さまざまな伝説や物語をつくりあげることになったのです。その一つが有名な『鉄仮面』伝説で、これはルイ14世には双子の弟がいて里子に出されたが、後に(宰相のジュール・)マザランに発見され、鉄仮面を被せられて一生、牢獄に幽閉されたというものです。(アレクサンドル・)デュマや(フォルチュネ・デュ・)ボアゴベーはこれを膨らませて、波瀾万丈の鉄仮面物語に仕立てました。しかし、こうした伝説が広まったのは、ルイ14世が成人して、父王のルイ13世とまったく似ていないことが明らかになった後のことで」あった。
私にとって一番勉強になったのは、ニコラ・フーケの失脚の経緯である。「ルイ14世は宰相を置かず、忠実で有能な重臣だけを国王顧問会議の構成員として、親政をスタートさせましたが、その重臣の中でもひときわ大物ぶりを発揮していたのが財務卿のニコラ・フーケでした。フーケは国家運営の要である財政を文字通りたった一人で握り、王としても一目置かざるをえない超実力者となっていたのです。そして、ルイ14世の親政の第一幕は、このフーケと国王との隠れた反目から始まって、劇的な結末を迎えることになるのです」。
「フーケのこうした美点が彼にとって災いの元になったのです。つまり、フーケの『才能発見者としての才能』に激しく嫉妬した人物がおり、しかも、それが絶対君主のルイ14世だったというのが、フーケ最大の悲劇だったということなのです」。
「マザランが(死の直前)腹心の(ジャン・バチスト・)コルベールを『王へのプレゼント』として提供し、フーケの足元に送りこむように勧めたことです。ルイ14世は親政開始と同時にこの忠告にしたがい、コルベールを財務部長に任命し、フーケの金の出し入れを監視するよう命じたのです。・・・しかし、絶大な権力に酔いしれていたフーケはうかつにもコルベールによって足元が切り崩されている事実に気づくことはありませんでした」。
「(ルイ14世の)心をひとことでいえば、『王は二人要らない。一人でいい』というものでしょう。逮捕の段取りはコルベールによって入念に練りあげられていました。・・・逮捕に当たるのは、近衛の銃士隊隊長であるシャルル・ド・バッツ・カステルモール。すなわち、アレクサンドル・デュマが『三銃士』の主人公としたあのダルタニャンです。コルベールは、5、6年前、ダルタニャンがマザランの部下だったときに金を用立ててやったことがあり、二人はいわば御恩と奉公の関係で結ばれていたのです」。
フーケの逮捕こそ、「絶対君主ルイ14世の劇的な誕生の瞬間です。フーケの裁判は3年を要し、パリ高等法院は王とコルベールの期待に反して国外追放刑を宣告しました。しかし、これを不満とする王によって終身刑に変えられた結果、フーケは1665年にピニュロールの城塞に送られ、1680年まで生きて獄死しました。その間、フーケを恩人と慕う文学者や詩人によって減刑の請願が行われたり、擁護の書が書かれたりしました。・・・アレクサンドル・デュマはフーケを『ブラジュロンヌ子爵』の主人公とし、ルイ14世の双子の弟を伝説の鉄仮面として登場させました。・・・フーケ事件は人々の記憶に『朕は国家なり(正しくは、<国家とは私のことだ>)』というルイ14世の強烈な意志を強く刻み込み、親政を円滑に開始するきっかけとなったのです」。
「王を蝶番にした官僚機構と宮廷社会の同時併存を可能にするには、一つ、絶対的な要件がありました。それは双方を同じ空間に併設できるような王宮の造営です。ルイ14世の想像力にあっては、王宮そのものが自分を脳髄とした一つの身体として機能するような構造になっていなければならないのです。さらにいうなら、王宮の外に広がるフランスが、いやヨーロッパ全体が、世界そのものが、そのような構造になることが望ましいということです。・・・ルイ14世は王宮を自分の思いどおりに造ることで、臣民の無意識を支配下に置き、従属を永遠的なものにしようと考えたのです」。ヴェルサイユ宮殿誕生には、このような背景があったのだ。
この後も、ヴェルサイユ宮殿の造営、そこで繰り広げられた愛妾たちの激しい闘い、ナントの勅令廃止、気晴らしとしての侵略戦争、絶対主義の実態――などが記述されていく。当時を彷彿とさせる生き生きとした筆致はさすが鹿島だが、私にとっては、フーケを追い落とし、大きな権力を手にしたコルベールのその後が気にかかる。「間接税の増加でコルベールは念願の財政バランスの確立に成功したかといえば、これは否と答えるほかありません。歳入をいくら増やしても、ルイ14世が戦争とヴェルサイユの拡大にのめり込んだために、歳入は歳出の急増には追いつけず、毎年2千万リーヴルの赤字を計上してしまったのです。・・・そのため、コルベールはヴェルサイユの増改築に際してはルイ14世に対してあまりいい顔を見せることができませんでした。しかし、この予算の出し渋りがヴェルサイユ宮殿の天井崩落事件をきっかけに失寵を招くことになるのですから、コルベールとしては泣くに泣けない気持ちだったことでしょう」。ルイ14世の不興を買ったコルベールは、晩年を不遇のうちに過ごしたのである。昔も今も、絶対権力者に振り回される人間たちの運命に思いを馳せると、複雑な気持ちになるのは私だけだろうか。
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太陽王ルイ14世 ヴェルサイユの発明者 単行本 – 2017/2/24
鹿島 茂
(著)
豪華絢爛の極地ヴェルサイユ宮殿とその創造主ルイ14世の秘密を徹底解剖!
富と美の象徴「ヴェルサイユ宮殿」。いわば豪華絢爛美学の究極を造りあげたのは「太陽王」ルイ14世である。その複雑な人物像から政治手腕、女性遍歴と宮殿改築の知られざる関係まで徹底解剖する歴史エッセイ!
富と美の象徴「ヴェルサイユ宮殿」。いわば豪華絢爛美学の究極を造りあげたのは「太陽王」ルイ14世である。その複雑な人物像から政治手腕、女性遍歴と宮殿改築の知られざる関係まで徹底解剖する歴史エッセイ!
- 本の長さ416ページ
- 言語日本語
- 出版社KADOKAWA
- 発売日2017/2/24
- 寸法13 x 2.9 x 18.8 cm
- ISBN-104044001731
- ISBN-13978-4044001735
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商品の説明
著者について
●鹿島 茂:1949年、横浜市生まれ。1973年東京大学仏文科卒業。1978年同大学大学院人文学研究科博士課程修了。現在明治大学国際日本学部教授。フランス文学者。エッセイスト。著書は『馬車が買いたい』(サントリー学芸賞)、『子供より古書が大事と思いたい』(講談社エッセイ賞)、『職業別パリ風俗』(読売文学賞)の他『悪党(ピカロ)が行く‐ピカレスク文学を読む‐』など多数。
登録情報
- 出版社 : KADOKAWA (2017/2/24)
- 発売日 : 2017/2/24
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 416ページ
- ISBN-10 : 4044001731
- ISBN-13 : 978-4044001735
- 寸法 : 13 x 2.9 x 18.8 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 833,547位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 351位西洋史
- - 372位フランス史
- - 2,241位ヨーロッパ史一般の本
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2017年6月7日に日本でレビュー済み
2020年8月22日に日本でレビュー済み
内容は非常に濃密で学ぶことがいっぱいだった。が、余りにも盛り沢山過ぎて、何を言いたいのか、何を読者に伝えたいのか、はっきりしていないように感じた。
例えば、「 フランス王族名の基礎知識 」や「 歴代フランス王妃は外国の王族 」等の説明は必要なのか、と感じた。また、フロンドの乱の説明は詳細ではあるが、詳細過ぎてかえってよくわからなかった。
反対に、リシュリューとマザランが推進する、「 中央集権化 」は、自国のためなのに、なぜ、他国と競争をして戦争をするのか、の説明はないように感じた。
ウ゛ェルサユ増改築の費用捻出のために、奔走する財務総監コルベールは、ルイ14世の忠臣と思われるが、そこに思い至らない王に失望した。
愛人に、「 ドーダ 」と威張るために、宮殿を作り、戦争をして、ナントの勅令を廃止して、、、、、愛人ではなく、国民の幸福ために、「 ドーダ 」と言えるような親政を敷いてほしいものです。
例えば、「 フランス王族名の基礎知識 」や「 歴代フランス王妃は外国の王族 」等の説明は必要なのか、と感じた。また、フロンドの乱の説明は詳細ではあるが、詳細過ぎてかえってよくわからなかった。
反対に、リシュリューとマザランが推進する、「 中央集権化 」は、自国のためなのに、なぜ、他国と競争をして戦争をするのか、の説明はないように感じた。
ウ゛ェルサユ増改築の費用捻出のために、奔走する財務総監コルベールは、ルイ14世の忠臣と思われるが、そこに思い至らない王に失望した。
愛人に、「 ドーダ 」と威張るために、宮殿を作り、戦争をして、ナントの勅令を廃止して、、、、、愛人ではなく、国民の幸福ために、「 ドーダ 」と言えるような親政を敷いてほしいものです。
2021年8月26日に日本でレビュー済み
宮廷生活は、いかに衒示的消費に彩られていても、他人の顔を伺ってビクビクしながら生きることに他ならない。過去として観察してみると滑稽である。
「ある身分の者が着替えをすると、その直ぐ下の者が下着を渡さなければならないというルールが宮廷中に広まって、「ドーダの滝」として機能し始め、ある人を喜ばせ、また別のある人を切歯扼腕させることとなったのです。」
しかし、近代人はその絢爛に目を眩まされ、ヴェルサイユこそ幸福な生活だと信じるようになった。立身出世とか階級上昇とは、その源流を辿れば、一段でもルイ14世に近づきたい、という衝動である。(それは「資本主義」というより、snobbismと名指すほうが適切だろう。)
著者はフランス人が日本語で語る文体を創設したかのような、機知に富んだ名文家だ。私たちはそれを味わいながら、今の悪徳と冷静に向き合い、そこから自由になることもできるだろう。
「ある身分の者が着替えをすると、その直ぐ下の者が下着を渡さなければならないというルールが宮廷中に広まって、「ドーダの滝」として機能し始め、ある人を喜ばせ、また別のある人を切歯扼腕させることとなったのです。」
しかし、近代人はその絢爛に目を眩まされ、ヴェルサイユこそ幸福な生活だと信じるようになった。立身出世とか階級上昇とは、その源流を辿れば、一段でもルイ14世に近づきたい、という衝動である。(それは「資本主義」というより、snobbismと名指すほうが適切だろう。)
著者はフランス人が日本語で語る文体を創設したかのような、機知に富んだ名文家だ。私たちはそれを味わいながら、今の悪徳と冷静に向き合い、そこから自由になることもできるだろう。
2017年5月26日に日本でレビュー済み
あっという間に400ページ読めました。
文章が平易なことに加え、説得力ある内容で、この時代の本当のところがよく理解できます。
ひとつひとつの出来事よりも、それらの社会的背景が丁寧に書かれています。特に、官職の売買が制度として行われていたことについては、その意味がとても分かりやすく説明されていました。また、フロンドの乱について50ページも使って説明しているところもよかったです。
文章が平易なことに加え、説得力ある内容で、この時代の本当のところがよく理解できます。
ひとつひとつの出来事よりも、それらの社会的背景が丁寧に書かれています。特に、官職の売買が制度として行われていたことについては、その意味がとても分かりやすく説明されていました。また、フロンドの乱について50ページも使って説明しているところもよかったです。
2017年5月8日に日本でレビュー済み
本書中にも書かれていますが、私もルイ14世に関しては多々読んでいる心算でしたが、しっかりと纏まったものを読んでいませんでした。今回、ムッシュー・カシマが多々の資料を纏め、駆使して「ルイ14世」を縷述することなく、読み易く書かれていて、読み物感覚で読了させて頂きました。知りすぎている人物が時系列に脳裏の中に入ってきて、鹿島節(かしまぶし)と共に百花繚乱の時代に入っていけること請け合いです。ことほどさように、この本のお蔭で、早速、仏映画「王は踊る」、「宮廷料理人ヴァテール」を再見することができ、続いてマントノン夫人を描いた作品を探し(所有済だが題名忘れ)、観てみたいと思うようなお奨めの新刊本です。ラ・ロシュフーコーの小悪人ぶりにいささかニヤリ。末孫の方を知っているので。