〇 ひとことで言えば多彩かつ多面的な作品だ、ということになる。まずなんと言っても面白い。細部まで周到でマニアックで緻密な状況設定、世間のはみだし者ばかりを集めた登場人物たち、小気味よい物語の進行。冒険小説のスリルと推理小説の意外性を兼ね備えたエンターテインメントだ。
〇 次いでその文章術。さすがに安部公房だと唸らないわけには行かない。小説のはじめの方には秀逸な比喩と華やかな表現をちりばめ、後半になるとまっすぐな事実描写でわき目もふらずに畳みかける。体言止めの多用が生む不思議な余韻。全篇を対象と距離をおいた表現が生むユーモアが支配している。便器から脚が抜けなくなった主人公「もぐら」と、穴の底に囚われた『砂の女』の主人公と境遇はよく似ているのだが、もぐらは『砂の女』の主人公みたいにジタバタせずに、どこか余裕をもって事態を見守る。そこにユーモアがうまれている。
〇 さらに風刺も忘れていない。やり玉にあげられるのは、国家権力の粗雑、組織人間の危うさ、老人の醜悪、簡単にひっくり返る力関係のもろさなど。ただ、チクリチクリとやるだけで深入りはしていない。
〇 最後に、全編を通じて克明に追っている主人公の心理の不思議が味わい深い。彼は世間から逃れるためにシェルターを作り、最後は真っ先にシェルターから逃れて世間に戻った。ここに何か寓意があるのだろう。
〇 この作品でいったい作者は何を言いたかったのだろうか、と一応は考えてみたのだが、すぐにやめた。その気になれば何かもっともらしいことは言えそうな気はするけれど、上に列挙したことで十分ではないか。念の入った架空の小世界を作り上げて、2日にわたって何時間もの楽しい時間を読者に提供し、社会と人間の愚かを垣間見せ、ちょっとした価値の転換に似た感覚を味合わせ得たとすれば、小説家としてそれ以上なにを望むことがあるだろう。
〇 ああ、面白かった、で良いのだと思う。
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方舟さくら丸 単行本 – 1984/11/1
安部 公房
(著)
- 本の長さ333ページ
- 言語日本語
- 出版社新潮社
- 発売日1984/11/1
- ISBN-104106006413
- ISBN-13978-4106006418
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登録情報
- 出版社 : 新潮社 (1984/11/1)
- 発売日 : 1984/11/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 333ページ
- ISBN-10 : 4106006413
- ISBN-13 : 978-4106006418
- Amazon 売れ筋ランキング: - 178,910位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 49,994位文学・評論 (本)
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2014年2月2日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
独特のタッチですが、感触はそこそこです。ただ最近読書から少し遠ざかっていたせいもあって、感情移入がなかなかできませんでしたねえ。
2020年2月16日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
ものすごく感動的な話ではないし、痛快な話でもない。しかし読み終わった後に、心の中に何か引っかかる塊のようなものができ、簡単には忘れられそうにない。
物語の全てが何かの隠喩であるような感じだが、何の隠喩なのかははっきりわからない。そのモヤモヤも、心の中に引っかかる。
はじめは主人公の考え方についていけないが、だんだん、主人公が自分とあまり変わらない人間のような気がしてくる。
物語の最初と最後に出てくる市庁舎の黒いガラス張りの建物に関して、主人公の受け取り方が大きく変化しているのは、主人公の成長のせいなのか、喪失感のせいなのか。
物語の全てが何かの隠喩であるような感じだが、何の隠喩なのかははっきりわからない。そのモヤモヤも、心の中に引っかかる。
はじめは主人公の考え方についていけないが、だんだん、主人公が自分とあまり変わらない人間のような気がしてくる。
物語の最初と最後に出てくる市庁舎の黒いガラス張りの建物に関して、主人公の受け取り方が大きく変化しているのは、主人公の成長のせいなのか、喪失感のせいなのか。
2019年1月12日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
ストーリーの展開は面白いけど、私にはしっくりこない本でした。
2012年11月24日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
核戦争から身を守るための方舟を用意して来た主人公が、
ともに乗船する事になった、さくら、女、昆虫屋といっしょに
どたばたする。そもそも自分が船長であったのに、最後の
土壇場で船を逃げ出さないといけない気になる。予期せぬ
乗船客が想定外の場所からつぎつぎ現れてパニックになるのだ。
本来乗船客を募って、出航するつもりだったのに、なぜか
連中をすべて敵と思い込む。
で、逃げ出したとたん、話は終焉するわけだ。外では核戦争が
起こっているのだから。
よく考えれば方舟から逃げ出さないといけない理由などないのだ
けれど。
ともに乗船する事になった、さくら、女、昆虫屋といっしょに
どたばたする。そもそも自分が船長であったのに、最後の
土壇場で船を逃げ出さないといけない気になる。予期せぬ
乗船客が想定外の場所からつぎつぎ現れてパニックになるのだ。
本来乗船客を募って、出航するつもりだったのに、なぜか
連中をすべて敵と思い込む。
で、逃げ出したとたん、話は終焉するわけだ。外では核戦争が
起こっているのだから。
よく考えれば方舟から逃げ出さないといけない理由などないのだ
けれど。
2016年8月18日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
地下採石場跡の巨大な洞窟に核シェルターの設備を造り上げた、豚もしくはモグラという渾名の青年〈ぼく〉。核戦争から生き延びるための切符を手に入れた三人の男女(怪しげな昆虫販売業者、的屋であるサクラの男と女)と〈ぼく〉との奇妙な共同生活が始まる。〈ぼく〉の生物学上の父親である暴君、猪突(いのとつ)、女子中学生狩りに熱中する「ほうき隊」の老人たち。グロテスクかつブラックユーモアに満ちたエピソードが展開され、やがてシェルター内に侵入者が現れたとき、〈ぼく〉の計画は破綻し始める。その上、〈ぼく〉は大型の便器に片足をくわえられ、身動きがとれなくなってしまうー。核時代の方舟に乗ることが出来るのは、誰なのか? 生き延びる資格があるのは誰なのか? 「箱男」「密会」と、謎とスリルに満ちた傑作を発表したあとに辿り着いた、人間の原罪を問う、安部公房の1980年代。本書は読むたびに新たな発見を得ることが出来る、公房の代表作の一つです!
2012年10月15日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
やっぱ、すごいわ。この作家は。
村上春樹は大好きだけれど、ノーベル文学賞の器ではない。
安部公房が賞をもらっていたら・・・。
もっともっと彼の小説が読みたい。
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安部公房が賞をもらっていたら・・・。
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