雪はげし抱かれて息のつまりしこと――38歳の時に死別した夫への追慕の思いがほとばしる橋本多佳子の一句（句集『紅糸』所収）である。
「雪はげし夫の手のほか知らず死ぬ」、「息あらき雄鹿が立つは切なけれ」、「雄鹿の前吾もあらあらしき息す」など、いずれの句にも官能的な香りが立ち籠めているが、これほど思われ、慕われるとは、何と幸せな夫だろう。
多佳子は、杉田久女に俳句の指導を受け、後に山口誓子に師事した、実力と美貌を謳われた感性豊かな俳人。
松本清張が、この多佳子をモデルにして短編小説『花衣』（『松本清張全集』<第38巻><文藝春秋>所収）を書いている。
九州・小倉で長く過ごした清張は、地元・小倉の実業家夫人であったが、後に俳人として見事な花を咲かせた、10歳年上の多佳子に芸術的な興趣をそそられたのだろう。
この『花衣』には、多佳子の師であった久女も登場するが、清張は、これとは別に、久女をモデルにした短編小説『菊枕』（『松本清張全集』<第35巻><文藝春秋>所収）も書いている。
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松本清張全集(38)
大変面白かった。「皿倉学説」、「相模国愛甲郡中津村」、「影」、「たづたづし」、「晩景」、「ベイルート情報」、「統監」、「花衣」、「粗い網版」、「種族同盟」、「月」、「証言の森」以上12作の短編集。一般文学通算60作品目の読書完。通算60冊目の作品。1974/05/25
