学生時代、著者の「地方文人」を読み蒙を啓かれて以来、地方と都市の問題を歴史家としての立場から考える著作のいくつかに目を通してきた。それらは歴史研究ではあるが、日本の地方自治・地方文化はどうあるべきかというアクチュアルな問題意識を根底に据えたもので（歴研経由の旧左翼的な臭いは、まあ仕方ないところだが）、おそらく地方史研究の流れに少なからぬ影響を与えたのではないだろうか。
この本はそんな著者が８５才になって刊行した、江戸〜明治を生きた官僚の伝記であるが、明毅は苗字が同じことからわかるように、著者の縁者である。幕府海軍にはじまり、新政府では改暦・地誌編纂に携わった足跡を実証的にたどり、維新変革期の論客や政治家たちを支えた「現場スタッフ」の動きを歴史学的に再構成する内容といえるだろう。明毅自身は「筆算訓蒙」の著者であり、太陽暦への改暦建議書を草したという日本近代化の基礎に大きく貢献した人物といえるが、華々しい活躍や発言が多い訳でもなく、維新期のリーダーたちとの多くの接点を調べあげることで、その活動や生活、思いを浮き彫りにしようという方法だ。
著者は明毅の事績についてとくに研究していたわけでもなく、それほど関心もなかったそうだが、近年周辺の研究が進む一方で、自らの子供たちが塚本家に関わる史料をまったく読めなくなっていることなど、歴史が途絶えていくことへの感慨もあり、この著作をまとめたようだ。この過程で著者は様々な発見をする。後年、軍事官僚の役を解かれ、「報国はただ文にあり」と自己規定しながら地誌編纂に苦闘する明毅の姿と、自らの研究生活を重ねたあとがきに万感の思いが込められている。書店で立ち読みしたときにウルっと来たぐらいだ。
塚本学の篤実な学風に触れた人でないと、このあとがきには心動かないだろうし、本文も淡々とした地味な実証研究であって、おすすめしにくいので★三つだが、私には、人間の歴史的な営みが再構成された書物という知のあり方について、ふかく感じ入るものがあった。表紙の明毅肖像画と巻末の著者近影が瓜二つであることも含めて、★五つの不思議なファンタジーを見つけた気分なのである。なお、著者は２０１３年８６歳で逝去された。これは生前最後の著書となったようである。
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