本書では、中世以前の「天皇」なる地位の基盤、つまりある個人を天皇として周囲の人(基本的には、朝廷及び武家政権の権力者達)が認める論拠となっているのは、「正統(しょうとう)」という概念だとする。まさに、天皇の正統(せいとう)性は、正統(しょうとう)によって基礎づけられる。
この「正統」とは、ごく最近に皇位を継いだ天皇の父系血統であるが、今上から上代にさかのぼる形で認識されるものだが、神武天皇から下る系図の「幹」という形で構想されるもので、本書の31ページ以下で視覚化されている。
この「正統(しょうとう)」を周囲から認められることが、皇位承継の条件であったというのが、本書の主張であり、この点から、平将門の新皇称号や足利義満の皇位簒奪意思を否定している。
この「正統(しょうとう)」概念、非常に興味深く、日本の13世紀から16世紀の歴史を見る時に、常に気になる「その当時の天皇の有り様」について、新しい視野を広げてくれる。
ちなみに、この「正統(しょうとう)」概念は、徳川将軍家内の征夷大将軍位の継承においても、同様な感覚があったのではないだろうか。例えば、別書「
幕末の将軍 (講談社選書メチエ)
」の中で、第15代将軍・慶喜の、徳川将軍というか、吉宗以降の将軍位継承者との血統上の特異性が論じられている。一橋派の慶喜が、家格としては御三卿として形式的には将軍家に近い人物ではあるが、血統としては、水戸徳川家の流れであり、吉宗の血統は引いていない。一方、14代将軍・家茂は、家格としては御三卿よりは将軍家より遠い御三家の流れでありながら、大御所11代・家斉の孫という吉宗の血統の濃い人物であった。この点こそが南紀派の「正統」の論拠だった。
とすると、この南紀派と一橋派の対立は、吉宗を「祖」とする「正統(しょうとう)」概念によって、(とりあえずの)決着をつけたということなのかもしれない。
本書で展開される「正統(しょうとう)」概念は、結構長く日本の政治を拘束したものなかもしれないという意味で、そこを一点突破で指摘・解説する本書は、とても興味深い一書だと思う。
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中世の天皇観 (日本史リブレット 22) 単行本 – 2003/1/1
河内 祥輔
(著)
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- ISBN-10463454220X
- ISBN-13978-4634542204
- 出版社山川出版社
- 発売日2003/1/1
- 言語日本語
- 本の長さ102ページ
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登録情報
- 出版社 : 山川出版社 (2003/1/1)
- 発売日 : 2003/1/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 102ページ
- ISBN-10 : 463454220X
- ISBN-13 : 978-4634542204
- Amazon 売れ筋ランキング: - 201,254位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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2004年7月28日に日本でレビュー済み
単なる皇位継承とは異なる血統の論理(「正統」)や日本神話に示された君臣関係の理念が中世人に共有されていたことで、摂関家や幕府による天皇の改廃が正当化されていた、という点が非常に興味深かった。承久の変に於ける幕府の行動に決定的な影響を与えたのが、大江広元・三善康信ら下級貴族の天皇観であった、という所論も蒙を開かれる思いがした。筆者によると、鎌倉幕府は新たな「正統」を定めることができず、そのため「正統」の確立を目指す後醍醐天皇の決起を招き、崩壊に到ったということになるが、この点は本書での簡単な論述ではあまり明解でなかった。
2020年9月19日に日本でレビュー済み
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この書は、江戸時代以前を「中世」と入り付け、特に平安、鎌倉、室町時代に「天皇観」探る。慈円の『愚管抄』(1220年に完成)と北畠親房の『神皇正統記(しょうとうと読む)』(改訂され完成は1343年)を主たる文献として、解説、探っている。
そして「正統」は”せいとう”と読むと、単なる「万世一系」(つまり天皇と言う皇位が続いている。しかも漠然として血統もずっと繋がっている)という現在の皇統のイメージとなる。しかし、「しょうとう」と読むと「まったく違う天皇観」になるという。
実は、中世の「天皇観」は、一般的によく見る天皇の系統図は、幹(本筋)と枝葉(傍系)が混ざり合ったもので、中世の「正統(しょうとう)」とはかなり違うと述べられ、32~34ページに『神皇正統記』における「正統」の理念に基づいた天皇系図が載せられている。時代によって認識が違い、ちがった系統図にもなることも書かれている。
いずれにしても、「正当化のための言説」であり、西欧のキリスト教の旧約聖書や「王権神授説」のたぐいであるが、軽視はできない。なぜなら「権力や権威」は初めからあるのではなく、何らかの「正当性」がないと、短期には通用するが、何らかの正当性の証明か、それらしいものを作らないと長続きしない。したがって、その「正統(正当性)」をめぐっての多くの凄まじい言説や争いが起こってきた歴史がある。
「万世一系の天皇」という観念は17世紀ころから儒学者や国学者が唱え始め、19世紀以降『国史略』や『皇朝史略』が書かれ、明治憲法に明確に書かれたが、それは、江戸の後期の光格天皇から現在まで「万世一系・血筋の継承が続いている。そのイメージがあるが、「中世の天皇」はそうはなっていない。
つまり、本筋でない人物が入り混じり天皇になっており、血統は一系ではなく、「一筋縄」では行っていないのである。「悪い天皇」は入れ替えられ、誰を天皇にふさわしいかと言う選びが起こっている。
したがって「幹と枝」に分けられるような天皇観が、貴族は将軍には認識されていた。したがって「誰が正当化をめぐる争いや大ゲンカが頻繁に起こっていて、皇位は続いているが、血統はまったく一系ではない。非常に興味深い一冊である。
そして「正統」は”せいとう”と読むと、単なる「万世一系」(つまり天皇と言う皇位が続いている。しかも漠然として血統もずっと繋がっている)という現在の皇統のイメージとなる。しかし、「しょうとう」と読むと「まったく違う天皇観」になるという。
実は、中世の「天皇観」は、一般的によく見る天皇の系統図は、幹(本筋)と枝葉(傍系)が混ざり合ったもので、中世の「正統(しょうとう)」とはかなり違うと述べられ、32~34ページに『神皇正統記』における「正統」の理念に基づいた天皇系図が載せられている。時代によって認識が違い、ちがった系統図にもなることも書かれている。
いずれにしても、「正当化のための言説」であり、西欧のキリスト教の旧約聖書や「王権神授説」のたぐいであるが、軽視はできない。なぜなら「権力や権威」は初めからあるのではなく、何らかの「正当性」がないと、短期には通用するが、何らかの正当性の証明か、それらしいものを作らないと長続きしない。したがって、その「正統(正当性)」をめぐっての多くの凄まじい言説や争いが起こってきた歴史がある。
「万世一系の天皇」という観念は17世紀ころから儒学者や国学者が唱え始め、19世紀以降『国史略』や『皇朝史略』が書かれ、明治憲法に明確に書かれたが、それは、江戸の後期の光格天皇から現在まで「万世一系・血筋の継承が続いている。そのイメージがあるが、「中世の天皇」はそうはなっていない。
つまり、本筋でない人物が入り混じり天皇になっており、血統は一系ではなく、「一筋縄」では行っていないのである。「悪い天皇」は入れ替えられ、誰を天皇にふさわしいかと言う選びが起こっている。
したがって「幹と枝」に分けられるような天皇観が、貴族は将軍には認識されていた。したがって「誰が正当化をめぐる争いや大ゲンカが頻繁に起こっていて、皇位は続いているが、血統はまったく一系ではない。非常に興味深い一冊である。