10世紀『スーダ辞典』で人名項目まで設けられ、あろうことか悪罵を投げつけられ地獄堕ちを宣告されるルキアノス。
「彼は『ペレグリノスの昇天』でキリスト教を攻撃しキリストその人を中傷・愚弄した。それ故に十分な罰を蒙り[犬に殺され]、来世ではサタンと共に永劫の炎で焼かれるであろう。」
その2世紀の諷刺家ルキアノスの『全集』全8巻が邦訳されることは、それだけで嬉しいことです。
現時点でいままでに、第4巻に続き第3巻、そして第8巻が刊行されました。Luciani opera (Macleod編)全4巻を底本にされているようですから、その第2巻と第4巻後半がこれまで邦訳されたことになります。ちなみにさきの「ペレグリノスの昇天」は、『全集』では第5巻か第6巻に収載されることになるのでしょうが、いまでも高津春繁訳『遊女の対話 他三篇』(岩波文庫、1961年)で読むことができます。
本第3巻には、「哲学諸派の競売」「甦って来た哲学者[漁師]」「二重に訴えられて」が揃って収載されており、有象無象の哲学者たちを揶揄し笑いのめして圧巻です。そのなかではエピクロス派の優勢が印象づけられるかに思えます。「二重に訴えられて」はエピクロスがストアの代表を弁論で打ち負かす場面を用意していますが、第4巻にある「偽預言者アレクサンドロス」はエピクロスを讃えるために書き記された作品でもあります。さらに第2巻に収載予定だろう「悲劇役者ゼウス」はもっと全面的に、神々への信仰を否定するエピクロス派の論客が無能なストア派の論客を散々に論破し神々が慌てふためき頭を抱える、抱腹絶倒の物語(『本当の話—ルキアノス短篇集』呉茂一他訳、ちくま文庫、1989 年)。
これらはペスカトーレを食べながら読む、わたしのお気に入りです。特に「漁師(Piscator)」は、前作「哲学諸派の競売」でオークションにかけられたソクラテスなど並み居る哲学者たちが冥界から甦り、彼らから誹謗・名誉棄損の罪で告発されるパレーシアデス(直言居士)なるルキアノスの分身を被告とする裁判劇。裁判の終盤ではルキアノスの見事なパレーシアを承けて訴訟は取り下げられ、ルキアノスは原告たちから「友人にして恩人」と迎えられます。ここまででも十分に諷刺の利いた喜劇ですが、ここから「漁師(Piscator)」の本領発揮。ドタバタ笑劇が展開されるそのハチャメチャぶりは実際に読んでいただかねばなりません。これこそパレーシアの極北です。
それ以上に、この本第3巻に、ルキアノスの「食客について」が入っているのがいいですね。これまでですと高津春繁訳(『世界文学大系64』筑摩書房、1961年)で読めましたけれど、今回は、丹下和彦訳「食客」で改めて愉しむことができました。
「食客術(パラシティケー)」とは、「呑むこと喰うことの、そしてそれを獲得するために弄すべき言葉の術であり、その目的は快楽にある」(9)、そのような術のことです。有態に言えば、他人に寄生してただ酒・ただ飯にありつく術。本作品は、そのような「食客(パラシトス)」の術こそがあらゆる「術の中の真の王者」(23)だと賛美するものです。ルキアノスにとって、エピクロス派はこの栄えある食客術の目的を「剽窃」(11)したものにすぎません。その屁理屈と韜晦の噺術にわたしは酔い痴れてしまいます。15世紀初頭には、ヴェローナのグアリーノがこれをラテン語訳しています。食客を養う(trephein, educare)人のことは”educator”(「養育者」48)とラテン語訳されていました。これだけでもあれこれと考えさせられつつ眠りに就けるものです。
これらの他に本第3巻には、「カロン」が冒頭に据えられています。三途の川の渡し守カロンがヘルメスを案内役に、山々を積み上げた頂上から人間界を一望し観察する物語。人間観察者カロンの洞察は、次の台詞に認められます。
「ヘルメスさま、ちょっと言わせてください。人間とその全人生はいったい何に似ていると考えたらよいのでしょうか。あなたは水流が細かく壊れて出来た水中の泡を見たことがおありでしょう。集まって泡を作る水泡のことですよ。……人間の人生(ビオス)がこれです。」(19)
この作品は14世紀末にも、そして1440-1443年頃にはリヌッチオによってもラテン語訳されています。人生は泡沫(うたかた)。もちろん、前1世紀にはウァロ『農業論』冒頭に「人間が泡沫であるならば(si est homo bulla)」とありますし、1世紀ペトロニウス『サテュリコン』にも「われわれは風でふくらました歩き廻る袋にすぎず、蠅よりも取るに足らないものだ。蠅は蠅なりになにかの役に立つが、われわれはたんに気泡(bullae)にすぎない。」と、見られるものです。しかし、ルキアノスにあるのはあくまで諷刺と諧謔であり、人間世界の出来事が喜劇かつ笑劇に満ちていることを衝撃的に受け容れる生のスタイルが演示されているのではないでしょうか。
『ルキアノス全集』全8巻が完訳され、ルキアノス作品の全容が邦訳で寝転びながら読み拝める日を、生き永らえつつ待ち望んでおります。
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食客: 全集3 (西洋古典叢書 G 85) 単行本 – 2014/10/22
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「食客(パラサイト)」を技術と捉え、「哲学」に対抗して論陣を張る表題作に加え、神々の市で過去の著名な哲学者たちが生活信条のオークションに掛けられる『哲学諸派の競売』、そこで中傷された彼らが著者に復讐を企てる続篇『甦って来た哲学者』のほか、『カロン』『二重に訴えられて』『夢』など9篇を収録。本邦初完訳。(全8冊)
- 本の長さ311ページ
- 言語日本語
- 出版社京都大学学術出版会
- 発売日2014/10/22
- ISBN-104876984875
- ISBN-13978-4876984879
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著者について
大阪市立大学名誉教授1942年 岡山市生まれ1970年 京都大学大学院文学研究科博士課程中退2005年 京都大学博士(文学)和歌山県立医科大学教授、大阪市立大学教授、関西外国語大学教授を経て2014年退職。主な著訳書『ギリシア悲劇研究序説』(東海大学出版会)『女たちのロマネスク──古代ギリシアの劇場から』(東海大学出版会)『旅の地中海──古典文学周航』(京都大学学術出版会)『ギリシア悲劇──人間の深奥を見る』(中公新書)『ギリシア悲劇ノート』(白水社)『食べるギリシア人──古典文学グルメ紀行』(岩波新書)『ギリシア悲劇全集』5・6巻(共訳、岩波書店)『ギリシア悲劇全集』別巻(共著、岩波書店)『ギリシア喜劇全集』3・8巻(共訳、岩波書店)『ギリシア喜劇全集』別巻(共著、岩波書店)カリトン『カイレアスとカッリロエ』(国文社)アルクマン他『ギリシア合唱抒情詩集』(京都大学学術出版会)エウリピデス『悲劇全集』1~3(京都大学学術出版会)
登録情報
- 出版社 : 京都大学学術出版会 (2014/10/22)
- 発売日 : 2014/10/22
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 311ページ
- ISBN-10 : 4876984875
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